2016年11月20日

ナースを意味する和語


親しくしていただいている医療ジャーナリストでもある原山建郎先生から11月19日メールを戴きました。
その中から「和語に関する話題」を、わたくしの感想を含めてメモしておきます。

大事な日本語(和語)ですね。
介護の現場こそ、患者、医療従事者互いの信頼関係が重視される。
信頼しあうには、心が通じる、ということが先ず大切である。
心が通じ合うには言葉が通じ合うこと。
言葉は発する人、受け止める人、互いの心を結んでくれるものだからだ。
特に病気の時など、緊急時は生まれ育ったところの言語でなくてはもどかしい思いをする。
医療現場に外国語は馴染まない。


二〇〇四年の日本生命倫理学 会講演で、野の花診療所鏡長・ 徳永進さんが、近代医療の中で 私たちが忘れているものが、
ナー スを意味する十四の和語( つつ しむ、いつくしむ、さする、ささやく、すくふ 、はぐ くを、たっ とぶ、わらふ 、 とまどふ、あやまる、ゆるしあ う、いのる、ほろびる、ゆいま ―る― ―琉球語で助け合う)に隠 されていると語った。

以上『 野の花ホスピスだ より』( 徳永進著、新潮文庫、 二〇〇九年)。 

欧米一辺倒の近代化は、日本 では未成熟に終る予感がする。
日本には日本の昔人の知恵が、 倫理という点においても残され ているのではないかと思う。
英 語で語れないものが和語には隠 されている、とちょっと力を込 めて語った。( 中略)
和語って何だろう。「 よしよし」 かな、「 まもる」かな、「 そば」 かな、いや「 かばう」 、いや違 う。何だろう。 】 ( 同書一七一 〜一

村松さんの、素敵なひと言。
「 察して行動、つないで紡ぐ。 紡ぐには、察する勘が必要。相 手の心に向き合う″ 目と 手″が不可欠。」

以上『メッセンジャーナース』村松静子監修・看護の科学社刊・2016年


*村松さんは、以前は看護婦(看護師)は医師の助手。医師の許可がなければ医療行為は何もできなかった立場から、独立して患者の側に立ち、アドバイスできるようにナースだけで活動のできる場を初めて持った方。

posted by rinko at 07:11| Comment(0) | 健康
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