2018年03月08日

倫子塾では何故「古武道」を伝授しているのか


「武道」とは何か  倫子塾資料から (事務局より)

「倫子塾」では毎週土曜日の10:30~12:00の定例教室「丹田腹式呼吸法」の他に、希望者には無料で心と体つくりの機会を設けています。(昔のことばでいえば 心と体の修行の場 を提供しているということになりましょうか)


@ 9:45~10:30・・・・・場の浄化と気持ちを集中するための瞑想。

A 12:00~13:00・・・・古武道の基本。


一度でもこの時間に参加されると、「倫子塾」では何故任意(希望者)で古武道の基本を無料で伝授しているのか、「倫子塾」が目指しているものが何なのか、がよくわかっていただけると思います。


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 武道や書道・茶道など、「〇〇道」の大成には、道教の影響が少なからずあると理解されています。


 王羲之(303 - 361年)、中国東晋(漢と唐の間)の政治家・書家。書聖とも呼ばれ、後世の書家に絶大な影響を与えた人物がおります。


 道教の熱心な信者で、中央の政治家として期待されながら、道教の無為自然に生きる考え方に憧れ、隠遁し、詩作・書画に没頭しました。


 道教は、仙人を目指すことからわかる通り、「自然と一体化し、長生きする生き方」

「無為」「泰然自若」に価値を置いています。


 道教における中心概念「道(タオ)」の意味は、宇宙の中心・人生の真理です。


 これが、日本古来の思想に影響を与え、「ある事柄の真理」「その真理と結びついた人生・生き方」を、「〇〇道」と表記するようになります。


 わが国には古来から、武術、書流など、現在の武道・書道に繋がる技術・思想的体系が諸派存在したわけですが、道教の考え方にヒントを得て、それらを一つの統合的な体系として大成しようという発想がこのとき生まれたわけです。


 思想と、それに結び付いた生き方というものが、ただ単に実生活における所作(マナー)・技術の伝承に留まらず、一つの精神文化・「カルチャー」として名前を得られることを知ったわけです。


 そのため、この場合の「道」とは、既存の思想や生き方に名前を与えるための方便であり、道教自体を指す言葉ではありません。


れっきとした日本語なのです。


 日本語における「道」とは、「具体的な修行、体得のみならず、人格的、精神的な修

身、洗練を通じて『道』を悟得し、『無念、無理、無心』という芸道の極到に至る」(日本における「道」の受容と展開 : 「芸道」の生成を一階梯として ラン竹民著 広島大学国語国文学会)という説明がされます。


 付言すれば、修行を通じて肉体・精神を鍛えることで、何らかの芸の真髄に至ること、そしてそれがその人の人生の一部となって、究極的には一人の人間として真っ当に生きること、が「〇〇道」の全容なのです。


 したがって、「〇〇道」と名のつくものは、説明的に定義するなら、「ある特定の真

理を求め、よく修行をしてこれに近付き、善く生きようとするもの」という意味になりますでしょうか。


 今日では、武道は、肉体を鍛えると共に強い精神を育むものとして、多くの分野で取り入れられています。


倫子塾

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posted by rinko at 01:10| Comment(0) | 倫子塾の活動・お知らせ
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