2021年11月28日

書評が載りました。


https://good-books.co.jp/blog/blogs/2492/


書評が載りました。

Amazonのレビューにも載せました。




小名木善行著『庶民の日本史』(グッドブックス刊)を読んで




特筆すべきは、歴史の研究・考証に気象学を入れたこと。




既成の研究姿勢は歴史であれば、編年体、紀伝体などで編集されているのを、我々現代の読者は、疑いもせずそのまま受け入れて来たのではないか。


其処にこそ歴史解釈の問題があるのだ、と筆者は述べている。


今までに語り伝えられてきた歴史物語は、御伽噺(おとぎばなし)であっても、モデルとなった人々が実在の人物であったのか、創作の人物であったのかは関係なく、長い間、庶民に親しまれ、愛されて来た形が存在して、例えば勧善懲悪であったり、悲劇の主人公として描かれたり、多くの日本人の心情に合う形で伝えられてきた。

ところが、その物語の真実に迫って、「果たして、本当はどうなのか」と疑問を抱いたところから出発して、人間の歴史というものを、英雄豪傑中心ではなく、名も無く、しかし懸命に生きた大多数の人々の心根(こころね)と暮らしに迫ってみようと、検証のメスを入れたのが本書である。


西洋の歴史学に追随して、いわば偏見に満ちた歴史を平然と押し付けられてきた近年の日本の歴史に、一条の光を当てたのが本書である。


日本という國が、社会の仕組みが、世界に例を見ない、英雄ではなく名も無き人々がどれほど活き活きと暮らせる社会であったのか、明らかにされているのである。


それは希望や理想や、まして妄想論ではなく、幸いにして科学の進歩により、考古学の分野も日進月歩の功績があり、民族の違いを超えて世界的に遺物や遺跡に対しても、既成の概念は大きく取り払われて来た。


その現代に生きる我々は、この本を一読すれば、例えば青森の三内丸山遺跡が何故存在しているのかという疑問が瞬時にして氷塊するのである。(P31327300年前の九州鹿児島沖のアカホヤの大噴火。

日本が誇る、現存する最古の歴史書『古事記』、『日本書紀』の解釈にしても、筆者は一字一句も疎かにせず、大切に受け止めている。「神語」(かむがたり)から神話へ、人々が自然と戦うのではなく、謙虚に対峙して、見えない存在にも畏敬の念を抱き、「喜び溢れて暮らして来た国」それが日本であったということを証明している。

問題点、疑問点は詳細に目次で示されている。
紙数の関係で話は飛ぶが、庶民の為の「寺子屋」が最も優れた教育の場であったこと、江戸時代の石田梅岩が確立した「石門心学」こそが後世、世界の人々が日本人の誠実さ、責任感がどこから来たのか参考にした学問の一つであったとも伝わっている。(P198聴講無料、出入り自由)(P202梅岩自身が考え世に問うた学問)など。
「はじめに」を数行読んだだけでも如何に筆者がひとつひとつの歴史の事実を丁寧に拾って行ったかがわかる。
是非本書を手に取って読んでいただきたい。






posted by rinko at 14:57| Comment(0) | つれづれ

2020年08月19日

お盆の話


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実家のお盆

今年は横浜の妹も、東京のわたくしも愛媛の実家でお盆を迎えることが出来ませんでした。
写真は兄から送られてきた迎え火です。

兄はこの炎(ほのお)を観て、姉(2歳半で兄の生まれる直前に亡くなる)や両親(享年父92歳、母99歳)の御霊(みたま)が帰って来てくれたことを確信した、とメールに書いていました。

終戦まで山口県防府市に住んでいた両親は、昭和22年、父の郷里愛媛県に職を得て母がわたくしを身籠って、5か月の身重で今治に帰ってきました。

住む家もなく、引き揚げ者寮でわたくしが生まれました。

産後数日もしない時に寮の炊事場で、少し気の振れていた元兵隊さんに、いきなり母が顔を殴られ、七輪に前歯をぶつけて7本折り、ショックで母乳が出なくなりました。

親切な人の紹介で、わたくしは山羊(やぎ)の乳で育つことが出来ました。

さて、両親が亡くなる前に、兄と姉は献身的に介護をしてくれました。

兄は高速道路の下敷きになる実家立ち退き交渉も、両親の菩提を弔うための築45年の小さい家を用意することも、全てやってくれました。
わたくしと妹はそれらをどのくらい有難いと思っていることか計り知れません。

兄のすぐ下の姉は実家近くに住んでいます。
日頃毎月お墓の掃除をして花を供えてくれています。

姉は、いつもお墓が綺麗で両親も気持ちがいいように、家でも毎日お経を上げてくれています。本人は控えめで少しも言葉にしない人ですが、皆の為に良かれと思ってそっと実行する人です。
妹も黙って家族の為に費用を出してくれています。

母の生前、毎月必ず母にお小遣いを送っていたのを兄妹みんな知っています。
あんなに質素に暮らしているのに、わたくしの帰省の費用も出してくれるのです。
〜〜〜〜〜〜
兄妹4人ですが、全員70歳以上になりました。
昭和も平成も遠くなりましたが、兄妹仲良くやっていきたいと思っています。
今日は8月15日。
戦死した叔父を含めて神仏の賑やか(にぎやか)な日です。
祀り(祭)ですから。
全ての御霊に感謝と御報告。
写真の説明はありません。



あなた、林田 明大、小名木善行、他90人
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posted by rinko at 05:16| Comment(0) | つれづれ

丁寧に生きる



21時間前
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「丁寧に」
好きな言葉です。
教壇に立って42年。
沢山の生徒に出会って来て、
「此の子は丁寧に育てられた子」かどうか、一目でわかるようになりました。
子供の頃はそれなりに、大人になればはっきりと、一挙手一投足、ふとした動作に言葉に現れてしまうもの、それが「育ち」。
昔から「氏(うじ)より育ち」と言われて来ましたが、わたくしは、氏も育ちも、人間の品性を表すと観察しています。
どんな生まれでも、どんな育ちかたをしても、物心(ものごころ)がついた時から、本人の心懸け次第で品格が備わって来ます。
自分で自覚し、善き日を歩もうと思えば、ということですが。
其れをいつまでも、家庭のせいにしたり、地域国家時代のせいにしたり、責任転嫁、他人任せの日を送ると、自分で自分を潰してしまうことになります。
もう少し、違う時代に生まれたかった。
もう少し、金持ちの家に生まれたかった。
それ、自分の人生を他人に委ねていませんか?
高校生ぐらいの年齢になってもまだ、幼い子供のように、駄々を捏(こ)ねると、甘いお菓子が目の前に宛(あて)がわれると勘違いしていませんか?
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posted by rinko at 05:09| Comment(0) | つれづれ

2020年08月13日

最近思うこと

雑感。
五十年近く、武道を嗜んで来て気付いたこと。
危機管理には、日頃の訓練が大切である。
精神論は、いざと言うときには、現場に合わず、犠牲を強いることになり、余計に危険である。
日々鍛練に勤しむには、大変地味な努力が必要だ。
最近は、勢いがあって、格好良いアニメの動画の様な動きが、いとも簡単に出来ると誤解している方々の勇ましい發言が目に余る。
若者よ、
派手なパフォーマンスだけでは、いざと言うとき、自分も他人も国家も何も救えないと知ろう。
今一度言う。
努力とは《地味な》ものである。
いざと言うときは、一生無いかもしれない。
一生無くても、志は、必ず伝えていかなくてはならない。
次の世代に託して行く身になって、こうした発言をしている。



あなた、田中 次郎、林田 明大、他170人
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posted by rinko at 10:35| Comment(0) | つれづれ