2012年07月23日

読売カルチャー荻窪教室「五輪の書を読み解く」

午前中の講座読売カルチャー荻窪教室「五輪の書を読み解く」

3年近く読んできて、今日はいよいよ「空の巻」。
「平常心」ということを武蔵は何度も述べているが、「平常心」と彼が言うのは禅の教えの「不動」すなわち「静かで落ち着いている心」のことを言うのではない。
真剣勝負などの、いざというとき、慌てたり、緊張したりという意識をしないでも、普段の通りに対応出来ることをいう。
... 自由自在に動けること、活路を開けることが、いつも通りに出来れば勝負には勝てる、ということを言っている。
そのためには毎日の「朝鍛夕方錬・ちょうたんせきれん」が必要であり、生活全て呼吸のひとつひとつが「不断の努力」に裏打ちされているものでなければならない、と説く。

「空」とは失って初めてその存在(ありがたさなど)が分かるもの。見えないものを「ない」というのではなく「確かにある」ものを見極め、客観的に見ることが出来るようになって初めて本当の姿が分かってくるようなものだ。など現在を生き抜く私達にも通じることを彼自身の言葉で述べているので親しみがわく。五輪書.jpg
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2012年01月10日

日本武道館鏡開き・稽古初め

武道館お汁粉をいただく.jpg 鏡開き式典.jpg


1月9日、日本武道館鏡開き・稽古初め 2012年01月10日10:06

ご案内を戴いて、正午開式からお開きまで、鏡開きの一連の行事を堪能した。

まず、入り口の左手の弥生慰霊堂にご挨拶を済ませ、本館に入る。


日本の年間行事には、今居る人々が単に楽しむということに加えて、祖先から受け継いできた、民族の大切な文化と伝統を守り育てて行くという責務もある。

日本武道館は、設立趣旨からいっても日本古来の武道を育み育てていくことをずっと実践してきた歴史がある。

私はこの場で武道学園に籍を置き、卒業後は後輩の指導を担当し、剣道を通じて長年多くのことを学ばせてもらってきた。

平成14年に長年の剣道指導に対して感謝状も戴いた。


日本人として、このこころとからだに素晴らしい日本の伝統を刻んで来ることが出来た、という経験に対して、私の方こそ感謝に耐えない。

長年の間には式進行のスタイルも変化してきたが、今年もそれをよく受け継いでいた。
神殿の作り方も良かった。
素晴らしい演武の数々にも、特に最初の弓の的への命中にも拍手を送った。


これほど素晴らしい会になったのは縁の下の力持ちのスタッフの涙ぐましい活躍あってこそだとしみじみ思う。

縁の下とあえて言うのは、彼らは一切表に出ていなかった。

蛇足だが、今時の若者は目立ちたがり屋、出たがり屋なのでたいした働きも出来ないのに人前に出てみっともないと思っているし、毎年剣道の練成大会の本部をお手伝いして如何に裏方が大切か身にしみているから特にわかったのだ。

アルバイトのスタッフが、打ち合わせも十分で、粛々と会場の雰囲気を壊さないように動作し、報道のカメラマンもあれほど多くの人数にもかかわらず、会場内で動いても目立たず、あるときは正座し、片膝ついても美しく礼儀にかなった取材ぶりだったのも好印象だった。


それらに比べて、残念なのは一般の観客のマナーの悪さだった。

恐らく稽古始め(初め)に出る家族一同か、武道の経験者か武道が好きな人々には違いないのだろうが、「沈黙して」「静粛に」会場で椅子に座っていることができないのには呆れた。

30年も前の私が現役時代にはなかった現象だ。

武道が「礼に始まって礼に終わる」というのは実際の稽古しているときだけではないことは承知のはずだ。

武道に携わることそのものが生き方を問われるのだ。

一挙手一投足、油断があってはならない。

まして公共のマナーは武道を知らない人でも身に付けなければならないことだ。

永久に刻まれる功労賞受賞者に対しての式典の折にもざわざわ騒々しい。

なぜ表彰される団体、方々を心から祝福しないのか。

それらを含めて、稽古の仕方も拝見していると、指導者の責任は重大だなあ、ということをあらためて感じた一日でもあった。

日本人が武道を通して公共のマナーを見直し、広い視野で生き抜く力と日本人であることの誇りを取り戻すにはまだまだ地道な努力が必要と言わざるを得ない。

なお後のお汁粉会、ちゃんと戴きました。とっても美味しかったです。


有難うございました。
posted by rinko at 23:17| Comment(0) | 武道

2011年11月28日

読売カルチャーセンター荻窪『五輪の書を読む』講座担当

11月28日。曇。

午前中は読売カルチャー荻窪で『「五輪の書」を読む』講座担当。

「風(ふう)の巻」に入り、ますます興味が湧いてきたと生徒さんに言われた。これが一番嬉しい。

「解釈は起源に非ず」。

武蔵の書いた文章を忠実に辿り、小説とは違った武蔵の実像と兵法への姿勢を読み取って行く。

剣道を40年あまりやってきた。

武道や氣の世界への入り口が剣道だった。



昨日皇居東御苑から眺めた武道館の屋根。

通算18年ほど武道館の「武道学園」(第3道場にて)に毎晩のように通ったことが懐かしく思い出された。

東御苑に隣接する天皇陛下の武道場「済寧館」で恩師故中村伊三郎範士9段の招きで、一般の女性として初めて稽古をさせて戴いたこと、向かいにあった「内閣文庫」(図書館)で私の日本語研究のきっかけとなった、国語学の恩師杉本つとむ先生にばったり出会ってお互いに「どうしてここに?」と笑い合ったことなども心中を去来し、歩んできた年月の重みを改めて噛み締めた。

他に目をやると、武道館の右隣の化学技術館。ここに当時は12チャンネルのスタジオがあって、そこで1975年に初めて来日した「中国少年武術団」の紹介番組を撮った。
彼らの世話をして来日中はあちこち行ったなあ。彼らもいい歳になっただろう。
国立近代美術館、公文書館も交通はちょっと不便だけれども貴重な施設だ。

ずっと目を右にむけると、東京会館。
父の関係で亡くなるまで私を後見してくださった日経論説委員長、などで活躍された、故武山泰雄氏に最上階のクラブに連れて行って戴き、奥様のジャネットと一緒にプライベートで楽しむこと、嗜むことの別の世界を知ったところだ。

その右は帝国ホテル。

12月後半にある会の忘年会があり、出かける予定を忘れていたのを昨日午後、出席を促された。
その後ろが国際ビルジング。12月3日に会がある。

繋がっているのだなあ。

これからも勉強してきたこと、これから勉強していくこと、楽しみにして過去・現在・未来を繋げていきたいと思う。

さあ、新たな出発だ。

posted by rinko at 08:15| Comment(0) | 武道

2011年08月22日

剣道仲間の活躍


都立武蔵村山高校剣道部

2011年08月22日21:06

剣道仲間が顧問をしています。

彼の指導の熱心さは都立高校では群を抜いています。

私立ではなく、都立で(特別な選抜もなし、練習も倶楽部活動としてのみ)東京都で優勝を目指しています。

日夜生徒たちのために奮闘する彼の裏ワザ、剣道部のマスコットの絵が出来ました。

見てね!(今日送られてきました)

http://www.musashimurayama-h.metro.tokyo.jp/cms/html/entry/31/9.html


posted by rinko at 21:19| Comment(0) | 武道