2017年11月05日

映画「ラストレシピ」を観て2017/11/3

映畫『ラストレシピ』を觀て  2017/11/3 明治節の日に

原作:『ラストレシピ麒麟の舌の記憶』田中経一著(幻冬舍文庫)2014年。「料理の鐵人」等數多くのテレビ番組制作演出家。

                        


人は皆、自分の生まれた時代を超えて生きることは出來ない。


歴史的限界性がある中で、その時代の人々が如何に其の時代の「たった今を生き拔いたか」に尊敬の念を忘れては駄目である」と述べた小林英雄の言を引く迄もなく、それだからこそ、特に映像の世界では、觀賞する側は、まるで當時の人々が目前に甦へつたように、その時代の空氣感を再現してみせてくれることを期待する。

映畫『おくり人』の監督滝田洋二郎氏は、この『ラストレシピ』で、天皇の料理番という、料理人のプロ中のプロの矜り(ほこり)を貫いて果てた祖父の生きざまを通して、觀客をその世界へ誘つて(いざなって)くれた。


1930
年の滿洲という時代と、2017年の現代を、祖父と孫の絆を推理小説を讀み進めるやうに繙いて(ひもといて)行くことで、時代を懸命に生きた人物を描かうとして、それは見事に成功してゐる。

『おくり人』でさうであったやうに、監督は極力周圍の雜音を入れず、「如何に生きたか」のテーマを浮き彫りにしやうと物語りを描いていく。
從って主人公を盛り立てる背景も音も置いてはゐない。


だから、演じる俳優は高い演技力が要求される。


昭和の滿洲という時代を、その中で必死で自分の勉めを果さうとして、疑ひもなく仕事に邁進した主人公の仕事への純粹さが、當時の日本人感をよく表してゐる「科白(せりふ)」そのものでなくてはならない。

主人公を演じた西島英俊氏は殆ど獨白とも言へる科白の細部に亙つて、仕事への矜り(ほこり)と責任を全うしようとした當時の日本人をよく演じたと感じた。


さうして彼の演技の助けになったのが、彼を取り圍む俳優達だ。

彼らの見事な演技は、科白で時代の空氣感を表現しようとして、觀客の期待に應へ(こたえ)、まるで舞臺を直接觀てゐる樣だつた。
 
西島氏が演じる主人公の祖父が請つた仕事の中の理不盡な死。


架空の物語りにしても、當時の日本人なら「然もありなむ」と受け止める事の出來る、現代人のわたくしたちが此處に居る。

子役達も「居たよね、あんな昭和の子供」という風な雰圍氣の子達だったのがよかった。(まあ、動作には現代っ子は隱しやうもなかったが、それは子役ゆゑと云ふことで。

二宮和也君演ずる孫は、祖父と同じ「麒麟の舌を持つ男」と言はれてゐる設定でも、動作、表情全て現代つ子そのもので、昭和の雰圍氣が微塵もなかった。


またそれが、祖父の時代と孫との現代の差がくっきりと描き出されることになっていて良かつた。


最後の、「皆、知つてたんだ」という科白は要(い)らなかつたように思ふ。その一言が物語りの餘韻を帳消しにしてしまつているようで殘念だつた。

「(降る雪や)明治は遠くなりにけり」と句を殘したのは中村草田男だが、この映畫を觀て、熟々(つくづく)昭和も遠くなりにけり、と感じた。


昭和と言ふ時代の一部を切り取つてさへ、時代を描くのは事程左様に(ことほどさように)難しいのだが、救はれることは、日本人の生き方の本質は当時も現代も何も變つてはいない、と云ふ手掛かりがあることだ。


本來の日本人とは、

信じるものに矜り(ほこり)を持ち、命を懸けて信じるものの爲に生き、家族や友人を愛し庇ひ(かばい)、理不盡な(りふじんな)死も受容れる。

どのやうな職にあっても、男女の違ひがあると雖も(いえども)職分を全うする爲に、誠を盡くして義に生きる、それが昭和迄の日本人。


昨年(2016年)8月8日の陛下の御言葉により、昭和は終はりを告げようとしている。


昭和22年生れのわたくしも終活眞つ最中である。

昭和を生きたひとりと言つて良い。
果してこれからの人々に昭和迄の人々の生きざまを、昭和といふ時代の空気感を、歴史を追つて上手く語り傳へて行けるだろうか。


現代の價値觀だけで、當時の人々の生き方を斷罪して仕舞つては、日本人の歴史が抹殺されるのと同じことになる。其れだけは避けたいと思ふ。

明治節(文化の日)に、昭和を考へた一日となった。


2017年04月19日

第25回「倫子塾」で學ぶ 甦る美しい國語 講座の御案内

第25回 倫子塾で學ぶ 甦る美しい國語講座開催のお知らせ


*4月26日(水)19:00〜20:30

*場所:倫子塾吉祥寺本部教室 
    武蔵野市御殿山1−6−1 吉祥寺サンプラザビル1階

*受講料:3000円(資料代含む。当日お持ちください)

詳細

今回の主なテーマ

*やまとことばの美しさと働きについて。

*『政治問題としての国語問題』豐 源太編著 動向社 平成13年4月29日発行。
プリントを配布します。
本文を素読し、解説、鑑賞していきます。

執筆者は他に川畑賢一、中村信一郎氏。
推薦者は、小田村四郎(國語問題協議會 會長)、小堀桂一郎(國語問題協議會 副會長)、他。
*推薦文の一部をご紹介します。
...
青木英實(中村学園大学教授・国家構想研究会議代表)

言ふ迄もなく国語は国民文化の中核である。国語を通じて我々は父祖と繋がり、父母と繋がる時に初めて国民の歴史意識は形成される。

凡百の政治論議の前にまづはこの書の叫びに耳を傾けよ。
以上です。

*前回の続き「国語の練習問題」を致します♪
*唱歌を謳います。

2017年02月23日

御報告 第23回倫子塾で學ぶ 甦る美しい國語教室は無事開催されました。


雛段.JPG御報告[其の1]
「第23回倫子塾で學ぶ 甦る美しい國語」教室が開講され、無事終了致しました。2017/02/22.19:00~20:30実施。

主に3つのテーマでお話を致しました。
[
]國語教室ではCDにあわせて文語の童謡、唱歌などを1~2曲歌います。
[
]文語で書かれた美しい日本語を読む。
本日は今まで少しずつ読んで来た「高等小學校修身書第二學年兒童用」教科書(明治3612月発行・平成26月復刻)の最後迄を読みました。
[
]美しい日本語を身につけるために、というお話をし、そのための練習問題の課題をお出ししました。

[]次回の予告として、いつもの歌、優れた文語の素読と解説、美しい日本語を身につけるための練習問題、それに特別講座としてわたくしの作成した「言霊(ことだま)カード」を解説し、差し上げるお約束を致しました。
日本人の精神の発露である大和言葉には、唱えるだけで幸せな気持ち、環境になる強い力が御座います。
纏まったもので例を示せば、祝詞(のりと)やお経(真言・マントラ)などがそうですね。
運が良くなる、とか元気がでるといわれている、大和言葉の単語を集めました。
お気に入りの単語を切り取って、お財布やカード入れに忍ばせて、時々見たり呟いたりするのもいいですね。
どうぞお楽しみに。

[1]

唱歌「うれしいひな祭り」サトウハチロウ―作詞、河村光陽作曲(1935年作)を歌いました。子供の頃から親しんで来た、前奏を耳にしただけで、明るく懐かしい、心弾むメロデイですので、皆さんご存知でした。歌詞をお配りし、CDを1回聴いただけで大きい声で歌えました。

その上で歌詞の説明を致しました。


@「お内裏様とおひな様」について
お雛様は元々男女のペア。日本人を代表する存在としての人形(ひとがた)。天皇皇后両陛下をモデルとして、お二方一対(おふたかたいっつい)を指します。「お内裏様」は「両陛下」と直接申し上げるのを憚って(はばかって)、お住まいの「内裏」を両陛下の象徴として御呼びするのです。
人形単体では、男雛(おびな・お殿様)、女雛(めびな・お姫様)と申し上げます。

内裏(だいり)は陛下のお住まいになっている場所(御所・ごしょ)全体の建物を指します。特に陛下の御公務を執られる清涼殿(せいりょうでん)へは、当時の貴族(冠位十二階)の内、六位以上の身分の方しか立ち入る(上がる)ことを許されていなかったので、これらの人々を「殿上人・てんじょうびと」とお呼びしました。

A「赤いお顔の右大臣」は本来「左大臣」でなければならないところです。
「左尊右卑」という古来の考えから来たもので、左と右とでは左が上なのです。
陛下から見て左側が上席ということになり、従って陛下の左には何方(どなた)も来ることはできないのです。
今でも清涼殿の庭には魔除けを願い、繁栄を寿ぐ(ことほぐ)「左近の桜、右近の橘」が植えられていて、雛飾りもそれに倣って(ならって)我々から向かって右に桜が置かれます。
従って臣下として最高の身分である左大臣は年上(年配)で表し、右大臣は若者として表していて、色の白い美形の人形になっています。

お年を召して、人より先に赤い顔で白酒でも召されたか、と微笑ましく描写するなら、それは「左大臣」でなければならないのです。
実際の雛人形の左大臣は赤い顔で年寄に作られ、右大臣は凛々しい美形の色白の若武者に作られています。

B古式に則れば(のっとれば)、雛人形は我々から見て左側に男雛、右側に女雛が配置されます。我々から見れば、左側が上席だから、陛下が左になるではないか、ということです。現在はこれを京都風(関西風)の飾り付けと言っています。関東は逆位置もありますから、ややこしいのです。
しかし、次の段以下は我々から見て右側(陛下から見て左側)が上席になるように置かれています。

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日の午前中にカルチャー教室で「丹田腹式呼吸法」講座を担当しましたが、会場が浦和ロイヤルパインズホテルでした。そこで立派な雛飾りを見かけました。
此処では古式に則って、女雛が右側になっておりました。
教材に丁度いいので写真を撮って、「上巳の節句・ひなまつり」の冊子も貰って来て皆様に御見せしました。
浦和は人形の町岩槻(いわつき)に近く「東玉」という人形の老舗が提供している、お道具も入れて七段の最高級の立派な雛段飾りでした。

以上のことから、サトウハチローは亡くなるまで、この歌詞は恥ずかしいので歌わないで欲しいと言われていたそうすが、それならご存命中に直してくださったらよかったのに、という氣が致します。
しかし、素晴らしい詩を沢山遺してくださった、日本の誇る詩人には違いありません。

また、五節句についても簡単にご説明致しました。
雛祭りはその中の「上巳の節句」にあたるからです。

C「お嫁にいらした姉さま」は、この歌を作るときサトウハチローは、嫁入りが決まった姉がその直前に亡くなってしまったので姉を偲んで歌を作ったといわれています。ですから、心弾む歌ではなくて、しっとりと、しみじみ歌詞を書いたのかもしれません。

D「今日はわたしも はれ姿」は少し前までは日本の生活の中にも「晴れと褻(け)」の区別をきちんとつけていました。
節句を含む行事はすべて「晴れの日」です。
わたくしは昭和22年(1947年)生まれですが、我が家では毎年、母が下駄や履物を新しく用意してくれました。
小学校の時は元旦にお雑煮を簡単に済ませたあと、学校へ行き、正月の式典に臨みました。先生方は式服で、大きな国旗を掲揚した講堂に整列して、教頭先生の開会の辞があり、君が代斉唱、一月一日の歌を歌いました。
校長先生の短い祝いの言葉で式は閉会となります。
その後教室に戻って、紅白のお饅頭を戴いて帰るだけでしたから、とても嬉しい日でした。
ちなみに、おせち料理は学校から帰ってお昼と夜に家族みんなで戴きました。

学校行事にも、生活の中にも意味のある行事の復活を願いたいものです。
そのためには、先ず「國民の祝日」を意味のあるものに戻し、日曜日と重なったから、とか第〜日曜日だから、とかではなく本当に「記念」する日を動かさないでもらいたいのです。
記念日というものは、曜日や語呂合わせで記念日になるわけではありません。企業のCMや商売の宣伝の為だけに使われるものでもありません。
記念日をもっと厳粛に受け止めて、しっかりとこころに刻んでいくための日を過ごしたいものです。


(参考1)サトウハチローは日本の詩人、童謡作詞家、作家。代表作「リンゴの唄」「長崎の鐘」1903~1973
(参考2)
「うれしいひな祭り」サトウハチロー作詞・河村光陽作曲(1935年作)


あかりをつけましょ ぼんぼりに    (灯り 雪洞)

お花をあげましょ 桃の花

五人ばやしの 笛太鼓(ふえたいこ)    (囃子)

今日はたのしい ひな祭り        (雛祭り)


お内裏様(だいりさま)と おひな様    (お雛様)

二人ならんで すまし顔(がお)

お嫁(よめ)にいらした 姉(ねえ)様に

よく似()た官女(かんじょ)の 白い顔


金のびょうぶに うつる灯()を     (屏風 映る)

かすかにゆする 春の風         (微かに 揺する)

すこし白酒(しろざけ) めされたか

あかいお顔の 右大臣(うだいじん)


着物をきかえて 帯(おび)しめて      (着替えて 締めて)

今日はわたしも はれ姿(すがた)      (晴れ姿)

春のやよいの このよき日         (弥生 佳き日)

なによりうれしい ひな祭り   


注:配布資料は縦書き。括弧内の漢字は資料用に補足しました。

(以下、報告第[]に「美しい日本語を身につけるには」に続く)。





2017年02月19日

御案内 「第23回  倫子塾で學ぶ  甦る美しい國語」講座



2月22日(第4水曜日)

「第23回 倫子塾で學ぶ 甦る美しい國語」講座

19:00〜20:30
 「倫子塾吉祥寺本部教室」

言葉はその民族の誇りです。
美しい響きで語るだけではありません。
言葉の底に流れる日本人の道徳心、倫理観、「お天道様は観ている」と、自然の中から学んできた日本人の美徳を、古典作品を素読、音読、現代語での解説などを通して甦らせて行きます。
文語表記の歌も歌います。

初めての方でも、國語の講座とはどのようなものか、体感してみませんか?



魂を大切にする授業


このホームページをお訪ねくださった方は、わたくしの活動を理解してくださっているものと嬉しく存じます。

1985年8月に、教師としての教育活動に加えて、こころとからだの相談室「教育研究室てら」を立ち上げ、学校の勉強ばかりではなく、生きていくすべての局面においてのヒントをご要望の都度、差し上げてきました。
*「てら」には「寺子屋」「地球」という意味を含ませています。


病院ではからだのケアを、学校では勉強を、それぞれの専門分野を活用して必要な方々の声に応えてくれる、便利な世の中になりました。
しかし、ひとつのところで、こころとからだのケアが同時にできるところはなかなかありません。
人間には両面が必要なのです。


人間は、こころとからだを併せ持った宇宙の生命体(魂の存在)の一つです。
人間にとってはからだとこころを切り離すことはできません。

そこで、わたくしは、「国語・書道」の教師の傍ら、国語学を究めるために、大学院の博士課程を修了し、ヒーラーの学校にも通い、「デバイン・ヒーラー」の資格を取りました。
氣を体感するために50年の長きに亘って武道の稽古にも努めて参りました。


「病は氣から」と申しますが、「氣」を感じることができれば、殆どの不定愁訴は取り払うことができることも知りました。
その中で、国語の授業でも、単に言葉の仕組みを學ぶだけではなく、「日本人が母国語を學ぶとは、どういうことか」気づけるような授業をしてきました。


わたくしは、教育という仕事に身をおいて42年間、65歳で定年退職するまで教壇に立って、学習指導要領の主旨に添って授業をしてきました。
退職してからは、自分主宰の寺子屋である「倫子塾」で愈々(いよいよ)国語の授業の集大成に取り掛かり、言葉を通して「魂に働きかける授業」をこの5年間やって参りました。


サウンドスケープは身の周りの音に五感を開くこと。
ディープリスニングとは魂と会話すること。

私の「魂を磨く講座」は五感を開く(鋭くする)ことが基本です。

日本人に伝えられてきた「大和魂」を呼び覚ますには、その精神の発露である「言葉」(大和言葉)を學ぶことが道しるべとなります。
本来の日本人は「お天道様」を味方につけて、明るく真っ直ぐに日々を歩んで来たのです。


心に太陽を持て

唇に歌を持て


これは戦前、ドイツの各家庭に掲げられていた詩の一説ですが、日本人にも好まれました。

万葉以前の人々の神々に祈る言葉にはメロデイも節もついています。労働歌にも童謡にも、目に見えないものに敬意を抱き、大切にしてきた我々の祖先のおおらかな気持ちを汲み取ることができます。

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*「倫子塾」住所:武蔵野市御殿山1−6−1吉祥寺サンプラザビル1F(JR吉祥寺・京王線吉祥寺駅より徒歩2分・西口交番前)
地図、問い合わせ、御案内はホームページ案内ページをご参照ください。
*受講対象は高校生以上です。高校生以下の方はご両親の責任付き添いでお願い致します。その場合の受講料はご相談下さい。
*予約不要です。直接いらして下さい。
*受講料は受付で、おひとり様3000円です。